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大阪地方裁判所 平成3年(ワ)3768号 判決 1993年1月27日

原告

村上勉

ほか七名

被告

宇野時夫

ほか一名

主文

一  被告らは、各自、各原告らに対し、それぞれ金一二八万六三〇一円及びこれに対する昭和六三年六月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、各自、各原告らに対し、それぞれ金三四四万二〇七五円及びこれに対する昭和六三年六月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事実の概要

本件は、交通死亡事故の被害者の遺族からの、加害車両運転者に対する民法七〇九条、加害車両保有者に対する自賠法三条に基づく各損害賠償請求事案である。

一  争いのない事実など(証拠及び弁論の全趣旨により明らかに認められる事実を含む。)

1  事故の発生

訴外中西富枝(以下「亡富枝」という。)は、次の交通事故(以下「本件事故」という。)で昭和六三年六月二〇日死亡した(甲二の4)。

(1) 発生日時 昭和六三年六月一二日午後三時五分ころ

(2) 発生場所 大阪府東大阪市荒本北一一二番地先交差点路上(「以下本件交差点」という。)

(3) 加害車両 普通乗用自動車(大阪五二は四二八五、以下「被告車」という。)

(4) 加害運転者 被告宇野裕章(以下「被告裕章」という。)

(5) 被害者 訴外栗原穂(以下「栗原」という。)運転の普通貨物自動車(大阪四〇に九六五六、以下「栗原車」という。)に同乗の亡富枝

(6) 事故態様 栗原運転の車両(以下「栗原車」という。)が本件交差点に西から東に向かつて進入したところ、同交差点に北から南に向かつて進入した加害車両が衝突した。

2  被告宇野時夫の(以下「被告時夫」という。)の責任原因

被告時夫は、本件加害車両の保有者であり、自賠法三条の運行供用者である。

3  相続

原告らは、いずれも亡富枝の子であり、他に相続人はいないから、原告らは亡富枝の被告らに対する損害賠償請求権を法定相続分各八分の一の割合で相続した(甲二の1ないし13、一一)。

4  損害の填補

原告らは、自賠責保険の被害者請求手続により合計一五六一万円を受領した。

二  争点

1  被告らの責任

原告らは、本件事故は被告裕章の赤信号無視により惹起されたから被告裕章は民法七〇九条による損害賠償責任を負うと主張するが、被告らは、被告裕章には赤信号無視はなく、むしろ信号を無視したのは栗原であるとして、その過失責任を争い、被告時夫については免責の主張をする。

2  損害額、特に逸失利益

第三争点に対する判断

一  被告らの責任

1  本件事故現場付近の状況、信号の周期、事故態様について

前記争いのない事実に証拠(乙一、五、九、証人栗原、被告裕章)を総合すれば、以下の事実が認められる。

(1) 本件事故現場は、南北にのびる大阪中央環状線(以下「環状線」という。)の南行道路(南行本線が三車線(幅員一〇・一メートル)、高さ一・五メートルの植え込みのある幅八メートルの分離帯の西側に二車線の側道(幅員六・九メートル)がある。)と東西にのびる片側二車線(四車線の幅員約一二・七メートル)の道路(以下「東西道路」という。)とが交差する信号機による交通整理のなされていみ交差点であり、その西側には環状線の北行道路と東西道路が交差する北春宮団地前西交差点(以下「西交差点」という。)、本件交差点北側にはトラツクターミナル入口交差点(以下「北交差点」という。)がある。なお、環状線の北行道路の分離帯から北行・南行道路の中央分離帯までの上には高架の近畿自動車道が設置されている。

(2) 環状線、東西道路はともにアスフアルト舗装された平坦な道路であり、その最高速度は東西道路が時速四〇キロメートル、南行道路本線が時速六〇キロメートル、側道が時速五〇キロメートルに制限されていた。

南行道路分離帯の植え込みと本件交差点の北西角にある近畿自動車道の橋脚のため、南行側道から本件交差点に進入する車両からの右前方の見通し及び東西道路を東進して本件交差点に進入する車両からの左前方の見通しは、ともに極めて悪い状態であつた。

(3) 本件事故当日行われた実況見分の際の交通量は、一〇分間当たり、東西道路が約二〇台、南行道路が約二〇〇台であつた。

(4) 本件事故は、本件交差点に、東西道路を東進して進入した栗原車の左前部と南行側道を南進して進入した被告車の右側後部ドア付近とが衝突し、衝突後栗原車は横転し、一二・五メートル南方向にひきづられて停止し(本件事故現場に約五・八メートルの横滑り痕がある。)、被告車は右後輪タイヤがパンクし、横回転で時計回りにスピンし二九・五メートル進行して前部を北向にして停止した。

両車の損傷状況は、被告車には右側後ドアが擦過、約二五センチメートルにわたり曲損、右後輪パンク、右側ガラス破損の各損傷が、栗原車には左前部バンパー、フエンダーが曲損、ウインドガラス、左側助手席ドアガラス破損、横転のため車体左側が全面擦過曲損の各損傷が残つた。

(5) 本件交差点の信号周期は、一周期一五〇秒、南行道路と北行道路は同時信号で、南北信号は青八五秒、黄三秒、全赤五秒、赤五二秒、全赤五秒であり、東西の東行信号は赤八八秒、全赤五秒、青四九秒、黄三秒、全赤五秒である。また北交差点の信号周期は南北信号の青表示が本件交差点より二五秒早く青表示が作動し、青八六秒、黄三秒、全赤四秒、赤五二秒、全赤五秒の一周期一五〇秒である。西交差点の東行信号は、本件交差点と同時信号であるが、その周期は赤八八秒、全赤五秒、青四〇秒、黄三秒、全赤五秒、赤九秒である。

以上の事実が認められる。

2  ところで、本件交差点の信号表示について、原告らは栗原車が、被告らは被告車が、それぞれ自己の対面青信号に従つて交差点に進入したと主張し、これに副う証拠を提出するので、これを検討する。

(1) 栗原車の運転者栗原は、「東西道路を東進中、西交差点東詰の対面信号が赤色だつたので、前の乗用車二台に続いて、西交差点で停止したところ、西交差点中央付近から北西角の中古車センターに向けて故障車を四人で押していくのを見ていたが、その途中で信号が青色に変わつたが、故障車のため先行車もすぐには発進できず、一〇秒位して発進し、時速三〇ないし四〇キロメートルの速度で進行し、本件交差点東詰の対面信号の青色を確認して交差点に進入した」旨証言するところ(証人栗原)、右証言は、別件訴訟における本人尋問の供述(甲四)、本件事故後八日後に保険会社らの調査員に対してなした供述と概ね一致し、故障車を押していた池上眞の証人調書(乙七、以下「池上調書」という。)の「北行道路本線を北進中、友人の車両が西交差点中央付近内でエンストしたので、自車を西交差点北詰の横断歩道付近に止め、友人の車両を北西方向の中古車センターに押していく途中で、東西信号が青になつたので、東進車両が進行しないように手を挙げて止まつてもらつた」旨の記載部分と符合する。

さらに、栗原車は西交差点を発進後、一二三メートル進行して被告車と衝突しているが(乙二)、証人栗原によれば、青信号になつて一〇秒位して前の乗用車に続いて発進し、時速三〇ないし四〇キロメートルで進行したとするが、右証言による速度によれば、右距離は一一・一秒ないし一四・八秒を要するところ、西交差点の信号が青色表示になつてからの時間では二一秒から二五秒程度となり、前記信号周期によると、本件交差点には十分青色で進入することができる。また、池上調書による故障車の移動時間を最大の一五秒ととつても本件交差点には青色で進入できることになる(なお、栗原車が高速であれば、なおさら青表示で進入する可能性は増すことになる。)。

ところで、池上調書によると、池上は、本件事故後、すぐに救助に行つたが、西交差点北西角の中古車センターから北行道路を渡る時、北行道路は青色であつたとの証言部分があり、本件事故後間もない保険会社の調査員に対しても同旨の供述部分(乙三)があり、これによれば、栗原車が赤色で本件交差点に進入した可能性がでてくるが、同人は、本件事故後、西交差点の北西角付近で、その西方向一〇〇メートル付近の場所から本件事故の衝突音を聞いて駆けつけてきた辻野先人と会い、「えらい事故やで」と話したこと(甲五)を失念して証言しているもので、西交差点の横断歩道を東に渡り始めたのは、ある程度時間が経過していた余地も十分あり、右証言部分等から本件事故当時の本件交差点の東行信号表示が赤色であつたということはできない。

(2) 被告裕章は、本人尋問において「現場の四〇〇メートル位手前にトラツクターミナルの交差点があるが、青信号で信号待ちをせず通過し、時速四〇キロメートル程度で進行していたが、本件交差点の対面信号の赤色を見て減速し、時速一〇キロメートル程度になつた時、本件交差点の二〇ないし二五メートル手前で青色表示に変わつたので、加速して本件交差点に進入し、事故直前の速度は四〇キロメートル程度であつた」旨供述するが、本件事故直後の実況見分における指示説明では、単に本件交差点手前二五メートルの地点(以下「<1>点」という。)で南詰の対面信号を見たとするに止まり何ら信号の表示について指示説明していないこと(乙一)、別件における本人尋問において<1>地点で見た信号表示について、青色といつたり赤色といつたり証言が曖昧であり、本件における本人尋問においても、実況見分時に警察に信号表示について何と言つたか覚えていないと供述し(その後、どんな言葉で説明したか逐一覚えていないという趣旨であると弁解するが)、本件交差点の信号表示について、本件事故時に確認していたか甚だ疑問というべきである。

また、衝突時の両車の損傷状況、停止状況に照らすと、被告車の速度が時速四〇キロメートルであるとする被告裕章の供述部分も疑問である。

(3) 前記(2)の頭書の被告裕章の供述部分は、南行道路を時速五五キロメートルで被告車が走行したとすれば、信号表示との関係では矛盾が生ぜず、別件の判決(甲一)の理由中に前提が異なつた指摘のあることは被告ら主張のとおりであり、被告らは、被告裕章の供述と信号表示は矛盾しないから信用できると主張するが、供述内容と信号表示に矛盾があれば、それだけで、その供述には合理性がなく信用できないことは明らかであるが、信号表示と矛盾しないからといつて直ちにその供述内容が信用できるとはいえないことはいうまでもない。

被告裕章の供述には前記(2)で指摘した看過できない供述の曖昧さ、不自然さがあり、また、環状線と東西道路の交通量の差等を総合勘案すると、栗原証言により信用性が認められるというべきであり、被告裕章が対面信号が赤色の時に本件交差点に進入したというべきことになる。

3  被告らの責任

右事実によると、本件事故は被告裕章の過失により惹起されたものであるから、被告裕章は民法七〇九条に、被告時夫は自賠法三条に基づきそれぞれ原告らの損害を賠償する責任を負うことになる。

二  損害額及び権利の承継

1  亡富枝の逸失利益

(1) 労働能力喪失による逸失利益〔請求額八〇三万三〇二六円〕 六〇二万〇四一五円

証拠(甲二の4、九、一〇、一四)及び弁論の全趣旨によれば、亡富枝は、本件事故当時七二歳の健康な女子で、昭和五八年から東大阪市荒本北所在の春宮住宅に昭和五八年から年金等により一人で暮らしていたが、娘の原告栗原和美一家が同じ春宮住宅の別棟に住み、共働きをしていたこともあつて、幼少の孫の世話、家事全般の手伝いをしていたことが認められるから、平均余命の二分の一である約七年間稼働することが可能であると認めるのが相当であり、その間の所得は六五歳以上の平均賃金二四四万〇三〇〇円(昭和六三年賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計・女子労働者平均給与額)の六割を基礎とし、生活費については亡富枝が年金を受給していたことを考慮して右基礎額から三割を控除し、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して算定するのが相当である。そうすると、亡富枝の逸失利益の現価は六〇二万〇四一五円(一円未満切捨て。以下同じ。)となる。

(計算式)2,440,300×0.6×(1-0.3)×5.874=6,020,415

(2) 逸失年金分〔請求額九六一万三五八〇円〕 〇円

証拠(甲九、一〇)及び弁論の全趣旨によれば、亡富枝は、本件事故当時、厚生年金通算老齢年金として年間五〇万九九〇〇円、大阪市遺族共済年金(夫である中西和一郎が昭和五五年に死亡したことによるもの)として年間八八万八五〇〇円を受給していたことが認められる。

<1> ところで、厚生年金通算老齢年金は、被保険者の高齢による所得の減少、喪失によつて生活の安定が損なわれることを防止する目的を有する年金制度であり、その制度目的に加え、被保険者による拠出制をとつてはいるが、事業主の掛金負担、費用の国庫負担、被保険者の被扶養者の数に応じて給付額が加算されること、所得が低いほど給付額が増加することなどの厚生年金保険法の諸規定に鑑みれば、専ら社会保障的見地から被保険者の生活保障を目的とする制度であり、給付される年金は全て被保険者の生活費に充てられることが予定されているというべきである。そうすると、本件事故により喪失した亡富枝の年金受給権は逸失利益とは認められないことになる。

<2> また、大阪市遺族共済年金は、地方公務員等共済組合法に基づき支給される年金であるが、市職員の死亡による遺族の生活の安定が損なわれることを防止する目的を有する年金制度であり、その制度目的に加え、確かに組合員による拠出制をとつてはいるが、受給権者が妻の場合、子の数に応じて給付額が加算されること、受給権者の死亡のほか、法定の事由、例えば受給権者の婚姻により受給権を失うことなどの諸規定に鑑みれば、これまた、専ら社会保障的見地から被保険者の生活保障を目的とする制度であり、給付される年金は全て受給権者の生活費に充てられることが予定されているというべきである。そうすると、本件事故により喪失した亡富枝の年金受給権は逸失利益とは認められないことになる。

右によると、亡富枝の死亡による右年金の受給権喪失による逸失利益はない。

2  葬儀費〔請求額一〇〇万円〕 一〇〇万円

弁論の全趣旨によれば、本件事故と相当因果関係のある葬儀費は一〇〇万円が相当であり、これを原告らが法定相続分に応じて負担したことが認められる(原告ら各自一二万五〇〇〇円)。

3  原告らの慰藉料〔請求額二二〇〇万円〕 一八〇〇万円

本件事故態様、亡富枝の年齢、原告らとの身分関係等の事情を総合考慮すると、亡富枝及び原告らの被つた精神的苦痛に対する慰謝料としては一八〇〇万円(原告ら各自につき二二五万円)が相当である。

4  小計

右によれば、原告らの固有及び亡富枝から相続した損害金は各三一二万七五五一円となり、原告らが、本件事故による損害賠償の内金として一五六一万円の支払を受けたことは前述のとおりであるから、これを法定相続分に応じて原告らの損害金に充当すると、残金は、各一一七万六三〇一円となる。

6  弁護士費用

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は八八万円(原告ら各自につき一一万円)と認めるのが相当である。

六 まとめ

以上によると、原告らの本訴請求は、被告に対し、各金一二八万六三〇一円及びこれらに対する不法行為の日である昭和六三年六月一二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由がある。

(裁判官 高野裕)

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